和解学の創成

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台湾在住の天江喜久様から、「『親日台湾』と日本の植民地責任」と題するエッセイを賜りました。韓国との比較の観点から、台湾の人々の記憶と感情を扱ったエッセイです。

「『親日台湾』と日本の植民地責任」 天江喜久(台南・長栄大学 台湾研究所副教授)

 

台湾は言わずと知れた「親日国家」である。多くの台湾人が日本の食、文化、風土を愛し、年間400万人以上の人が日本を訪れている。東日本大震災の際には、200億円を超える義援金を供出し、日本人を驚かせた。しかし、台湾の親日ぶりがことさらに注目されるのは、台湾が韓国同様、かつて日本の植民地だったという事実に依拠したものである。すなわち、「親日台湾」はしばし「反日韓国」のアンチテーゼとして位置付けられているものだということだ。日本統治下において、インフラが整備され、産業が発達し、生活水準が向上した一方で、植民者と被植民者間の差別が日常化し、同化を強要され、主体性が去勢された点は台湾と韓国は大同小異であるといえる。またアジア太平洋戦争中は、多くの被植民者が軍人軍属として動員され、多大な犠牲を強いられた点も同じである。とはいえ、戦後補償に関して言うならば、台湾は韓国以上に不十分な処置を受けている。

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台湾在住の天江喜久様から、「『親日台湾』と日本の植民地責任」と題するエッセイを賜りました。韓国との比較の観点から、台湾の人々の記憶と感情を扱ったエッセイです。