和解学の創成

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ネパールの和平プロセスにおける連邦制への移行と和解(高澤洋子)

高澤洋子

 

●真実和解委員会の設立とその課題

●連邦制への移行とその課題

●経済的問題と和解との関係性―犠牲者中心の視座から

 

はじめに

10年にわたる内戦を経験したネパールの和平プロセスは、様々な課題に直面している。長期にわたる議論を経て、ようやく2015年には連邦制への移行及び「真実和解委員会」[1]の設立が実施された。しかし、2年が経過した現在でもそれぞれのシステムには課題がある。本稿ではネパールの和平プロセスにおける連邦制と和解の持つ可能性につき考察してみたい。

 

 

真実和解委員会の設立と連邦制への移行

1996年から10年間続いたネパール共産党統一毛沢東主義派(通称マオイスト)による内戦は、低カーストグループの社会からの排斥や不平等に対する不満を背景に、民族による自決権及び自治権を実現することにより、社会的・経済的不平等を解消する事を求めたものだった(Lawoti 2012 :136; Pasipanodya 2008: 378)。2006年の内戦終結に伴って署名された包括的和平合意においては、和解や移行期の正義の実現に加え、政治、社会そして経済的な変革が謳われた。特に真実和解委員会の設置については、内戦により多くの被害を受けたネパール社会において、多様な人々の間の和解を進める上で大きな役割を果たすものとして期待を集めた。一方で、2007年に制定された暫定憲法においては長年に亘るアイデンティティ闘争への一つの回答として、アイデンティティに基づく連邦制への移行が決定された。連邦制の導入は、特に低カーストグループ等の社会的弱者へ一定の自治権をもたらす可能性があると期待された。(Lawoti 2012 : 149)しかし、Buchananが指摘したように、自治権を追求することは同時に国家主権を脅かしかねないという矛盾をはらむ。(Buchanan 1995 : 587)民主化に向けた大きな期待の一方で、連邦制をめぐる議論はエスカレートして度重なるデモ等を含む社会的不安を引き起こし、カースト/民族間の敵意を深める結果を招いた。ネパール共産党統一マルクス・レーニン主義派(CPN–UML)リーダーPradip Nepalは民族に基づく連邦制は内戦を引き起こす可能性すらあると警告した。(Pandey 2010)加えて、こうした脆弱な政治情勢はネパールの発展を妨げ、経済に直接悪影響を与える結果をもたらした。議論はなかなか進捗せず、ようやく7年を経た2015年9月20日に新憲法が公布され、ネパールは7州からなる連邦制へと移行したが、2年が経過した現在でも、未だ問題が山積しているとの指摘が多い。(Payne and Basnyat 2017)新たな連邦制の下では、権力はFederalレベル, Provincialレベル及びLocalレベルの3層に分けられ(The Himalayan Times : 2015)各レベルが自治権及び予算の執行権も持つ。しかし、予算の配分については未だ法整備等が進んでいない中、これまで通り首都カトマンズを中心とした権力配分の現状維持を試みる声も根強くあり、こうした状況が地方分権化の流れを失速させているとの批判が強まっている。(Payne and Basnyat 2017)こうした中、連邦制への移行が社会をより不安定化させ、ネパールの統合を弱めかねないと改めて危惧する声も上がっている。(Deo 2016)

 

和解プロセスの進捗

ネパールは、国内に非常に多様なアイデンティティグループが存在する国である。1769年に統一される以前は、22から24の王国・公国に分かれており、現在も92の異なる言語が存在し、103以上に及ぶカースト/民族グループが存在していると言われている。(Pandey 2010: 40)カースト制度は1963年に公式に撤廃されたものの、カーストまたはジャートと呼ばれる民族グループに基づくアイデンティティは今日においてもネパール社会のあらゆる面において非常に強い影響力を持っている。バフンやチェトリ等と呼ばれる高カーストグループが依然として優遇される中、低カーストグループは抑圧されたまま貧困の中に取り残されているという社会構図は大きくは変わらない。

上述の通り、内戦後の政治・社会状況の混乱の中、カースト/民族間の敵意がより深まってしまったとする議論がある一方で、和解プロセスの進捗はあまり捗々しくない。Kriesberg やRigbyによると、「和解」は抑圧的な関係性にあった人々が共存を目指す過程と定義される(Kriesberg 2001:48; Rigby 2010: 234)が、多様なアイデンティティがぶつかり合うネパールにおいて、和平プロセスの中における「和解」の持つ可能性に期待する声は高い。しかし、大きな役割を果たすものと期待されてきた真実和解委員会の設立も大幅に遅れ、かつそのキャパシティは未だ限定的である一方、既に6000件を超えるケースが登録されており、今後どのようにして多くのニーズに対応していけるのかが問われている。(Rausch 2017)

 

経済問題と和解―犠牲者中心の視座

一方で、現状の和平プロセスは、主に政治エリートや法律主義によって主導されているため「犠牲者中心」の視座を欠いているとの批判がある。(Robins 2009; 2011; 2012)ネパールはアジア最貧国の一つと言われており、外務省ウェブサイトによると2016/2017年度における一人当たりGDPは約848ドル、後発開発途上国(LLDC)に分類される。Pandeyは、「ネパールの問題は社会における排斥の問題ではなく、貧困である。」と指摘している。(Pandey 2010: 50)現在も連邦制への移行に伴い予算の配分方法が大きな課題として挙げられているように、経済問題は多くのネパール国民の関心を引いている。内戦の主な激戦地は貧困に苦しむ地域であった事から、多くの犠牲者は国際社会が注目しがちな人権侵害等の問題解決よりも、目の前の日々の生活を賄うため早急に経済的ニーズを充足させることを優先順位として挙げている事も指摘されている。(Robins 2011: 98)しかし先に述べたとおり、内戦終結から継続するアイデンティティ闘争による政治的混乱は、経済情勢を改善するどころか悪化させる結果をもたらした。(Bhatta 2012: 3)

一方で、UNDPや世界銀行等多くの援助機関は社会的不平等の存在が経済開発過程に甚大な影響を与えうる事を警告しており、Maniは和平プロセスにおいては経済及び社会問題も考慮されるべきと指摘している (Mani 2008:264) 。Bhattaは、政治的混乱によって生じた脆弱なガバナンスシステムが開発の可能性を狭めて海外からの投資を減少させ、経済活動を縮小させていると批判した。(Bhatta 2012: 3)

 

おわりに

内戦終結から10年以上が経過したが、この間、アイデンティティ闘争は極度に政治化した一方、和解の進捗状況は思わしくない。実現した連邦制への移行がアイデンティティ闘争を強めかねないという懸念すらある。一方で、多くの国民(特に低カーストグループ)の関心事である経済的不平等は是正されておらず、むしろ脆弱化したガバナンス機構は経済活動に負の影響をもたらしている。こうした長引く和平プロセス及び満たされないニーズが人々の不満を助長し、アイデンティティ闘争のさらなる悪化が懸念される中、「犠牲者中心」の精神を念頭に置くならば、速やかに連邦制及び和解制度双方を確立することによって和平プロセスの進捗に貢献し、グッドガバナンスの実現及び和解を進めることによって、国としての統合を弱める方向ではなく、異なるアイデンティティグループが共存していく道を探っていくことが求められているのではないだろうか。

 

 

参考文献

 

Bhatta, Chandra D. 2012. International Policy Analysis : Reflections on Nepal’s Peace Process. Friedrich-Ebert-Stiftung. Accessed 21 April 2015. Available at http://library.fes.de/pdf-files/iez/08936-20120228.pdf

 

Buchanan, Allen. 1995. ‘Secession and Nationalism’ in Companion to Contemporary Political Philosophy. Oxford: Blackwell. 586-96.

 

Deo, Shambhu. 2016. ‘Identity-based federalism: Decentralisation is a better option’ : The Himalayan Times. Accessed 3rd December 2017. Available at https://thehimalayantimes.com/opinion/identity-based-federalism-decentralisation-better-option/

 

外務省「ネパール連邦民主共和国(Federal Democratic Republic of Nepal) 基礎データ」Available at http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/nepal/data.html#section4

 

Kriesberg, Lewis. 2001. ‘Changing forms of coexistence’. In Reconciliation, Justice, and Coexistence: Theory and Practice, ed. M. Abu-Nimer. Lanham, Md: Lexington Books.

 

Lawoti, Mahendra. 2012. ‘Ethnic Politics and the Building of an Inclusive State’, in von Einsiedel S., D. M. Malone and S. Pradhan, eds. Nepal in Transition: From People’s War to Fragile Peace, Cambridge University Press

 

Mani, Rama. 2008. ‘Editorial: Dilemmas of Expanding Transitional Justice, or Forging the Nexus between Transitional Justice and Development’. In The International Journal of Transitional Justice Vol. 2: 253-265

 

Pandey, Nishchal Nath. 2010. New Nepal : The Fault Lines. : SAGE India.

 

Pasipanodya, Tafadzwa. 2008. ‘A Deeper Justice: Economic and Social Justice as Transitional Justice in Nepal’. The International Journal of Transitional Justice Vol. 2: 378–397.

 

Payne, Iain and Basnyat, Binayak. 2017. ‘In Asia – Federal Provisions of Nepal’s Constitution in Jeopardy’ : The Asia Foundation. Accessed 3rd December 2017. Available at https://asiafoundation.org/2017/07/26/federal-provisions-nepals-constitution-jeopardy/

 

Rausch, Colette. 2017. ‘Reconciliation and Transitional Justice in Nepal: A Slow Path’, August 2, 2017, The United States Institute of Peace, Accessed 24th November 2017. Available at https://www.usip.org/publications/2017/08/reconciliation-and-transitional-justice-nepal-slow-path

 

Rigby, Andrew. 2010. ‘How do post-conflict societies deal with a traumatic past and promote national unity and reconciliation?’ in Peace and Conflict Studies: A Reader, eds. C. P. Weber and J. Johansen. Abingdon: Routledge.

 

Robins, Simon. 2009. ‘Whose voices? Understanding victims’ needs in transition. Nepali Voices: Perceptions of Truth, Justice, Reconciliation, Reparations and the Transition in Nepal. By the International Centre for Transitional Justice and the Advocacy Forum, March 2008’. Journal of Human Rights Practice 06/2009, Volume 1, Issue 2: 320-331.

 

Robins, Simon. 2011. ‘Towards Victim-Centred Transitional Justice: Understanding the Needs of Families of the Disappeared in Postconflict Nepal’. The International Journal of Transitional Justice Vol. 5: 75–98.

 

Robins, Simon. 2012. ‘Transitional Justice as an Elite Discourse: Human Rights Practice: Where the Global Meets the Local in Post-conflict Nepal’. Critical Asian Studies 44-1: 3-30

 

The Himalayan Times. 2015. ‘Nepal embarks on journey towards federal destiny’ Accessed 21st December 2017. Available at https://thehimalayantimes.com/nepal/nepal-embarks-on-journey-towards-federal-destiny/

 

Truth and Reconciliation Commission, Nepal. Accessed 21st December 2017. Available at http://www.trc.gov.np/

[1] 真実和解委員会の機能、義務及び権限は下記の通り。

(真実和解委員会のウェブサイトhttp://www.trc.gov.np/about-us より。)

  • Investigate incidents of gross violations of human rights, find out and record the truth and public it for the general public,
  • Identify victims and perpetrators of conflict,
  • Endeavor to bring about reconciliation between the victims and perpetrators with their consent and bring about reconciliation,
  • Make recommendation on reparation and/or compensation to be provided to the victims and their families,
  • Make recommendation for legal action against perpetrators to whom amnesty is not granted and in cases where reconciliation is not reached,
  • Provide the victims with identity card as prescribed and also provide them with information after completion of investigation.