和解学の創成

  • 1872年東京 日本橋

  • 1933年東京 日本橋

  • 1946年東京 日本橋

  • 2017年東京 日本橋

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  • 現在北京 前門

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  • 1930年代北京 前門

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  • 1930年代台北 衡陽路

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  • 現在台北 衡陽路

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  • 1950年ソウル 南大門

  • 1940年代初ソウル 南大門

ハルビン旅行記

神戸学院大学現代社会学部現代社会学科

准教授   松田ヒロ子

2018年3月17日から20日まで、市民運動班の共同研究活動の一環として、研究代表者と分担研究者合わせて7名が中華人民共和国黒竜江省の省都ハルビン市とその近郊を訪問しました。

ハルビンとその近郊は、19世紀末から20世紀初頭にかけてロシアが都市開発を進め、満州事変後は日本の東北支配の拠点とされました。ハルビン駅は、1909年に安重根が伊藤博文を暗殺した場所として知られています。ハルビンは、日中戦争(中国では「抗日戦争」と言及されることが多いが、本文では以下、日本語で広く通用している「日中戦争」で統一する)をめぐる歴史認識を論じる上で最も重要な場所のひとつといえるでしょう。

私たちは到着した日の夕方にまず、市街中心部を散策しました。ソフィア大聖堂をはじめとするロシア風の建造物と旧・ハルビンヤマトホテル(現・龍門貴賓楼酒店)といった日本人の手による建造物が混在する風景を目にして、この街の多元的な歴史性を実感し、さらにそれらがいかにして今日観光資源として活用されているのか確認することができました。

2日目はハルビン市郊外にある方正県に向かいました。ここは、多数の満州移民が引揚げの際に通過し、道中で病や飢え、ソ連軍による襲撃を怖れて集団自決によって命を落とした人も少なくありませんでした。私たちは、これらの人々を祀るために中国政府が主導して建立した日本人公墓と、それに隣接する中国養父母公墓を訪ねました。

方正県日本人公墓の正門前にて

あらかじめ聞いてはいましたが、公墓が設置されている敷地一帯は最近一般公開されておらず、私たちが訪ねた際も正門は施錠されていました。2011年に県政府が敷地内に建立した記念碑が日本人による満州開拓を肯定するものであるとして暴力的な抗議行動が行われて以来警備体制が強化され、ついには一般公開が中止されているとのことでした。私たちは、同行の中国人ガイドが管理人に交渉することにより、なんとか裏門から入ることができましたが、多くの人々の想いのつまった記念碑や石碑を長年にわたって管理することの難しさを感じました。

侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館の前にて

3日目は、日中戦争で犠牲となった人々を紀念している東北烈士記念館や、安重根記念館を訪問しました。さらに旧日本軍の七三一部隊跡に建設され、部隊の実態やそれが設けられた背景、部隊の犯した戦争犯罪による被害の実態などを展示している「侵華日軍第七三一部隊罪証陳列館」を訪問しました。七三一部隊は、その実態が知られることを怖れて、部隊員が復員する前に、人体実験を行っていた現場を爆破し証拠隠滅を図りました。現地では、爆破された現場がそのままの形で保存されていたほか、研究棟や実験室も遺構とされ観覧することができました。2015年にリニューアル・オープンした陳列館は、七三一部隊の実態や部隊がハルビンに設けられた歴史的背景などがよく理解でき、見応えがありました。部隊の実態を明らかにする映像資料として、日本で制作されたドキュメンタリー番組の一部が放映されていたのは興味深く感じました。

人体実験が実行された施設跡。証拠隠滅のために爆破した跡をそのまま保存している。

本プロジェクトは、単に学術的な実証研究の推進のみならず、「国民的」すなわち学術的コミュニティを超えてより広い範囲の人々の間での「和解」を促すことを目指しています。その目的を達成するためには、現実の社会の中で歴史や記憶がどのように語られ継承されているのか理解するのは不可欠です。今回の訪問では、中国国内においてどのように日中戦争の記憶が継承されているのか垣間見ることができ、大変有意義でした。